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地域共生 政策・規制

眠れる地熱大国、日本――「制度・地域・技術」の壁を越え、脱炭素ベースロード電源を育てる

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日本の地熱開発が進まない理由は、地下に熱がないからでも、掘削技術がないからでもない。最大の難所は、事業計画の採算表には表れない「人間関係」にある。温泉旅館の経営者、源泉所有者、自治会、森林組合、土地改良区、地権者、自治体、観光協会――地域には、肩書だけでは読み解けない歴史と力学がある。誰に最初に話を通したか、誰が会議に呼ばれなかったか、過去の約束が守られたか。そうした一つひとつが、数百億円規模の投資判断より先にプロジェクトの成否を決める。海外企業が優れた掘削技術や資金を持ち込んでも、この関係資本を短期間で築くことはできない。必要なのは単なる「日本企業との提携」ではなく、地元の記憶を理解し、反対意見にも耳を傾け、撤退せずに対話を続けられる日本側パートナーとの協働である。社名の大きさは信頼の大きさを保証しない。本稿では、日本が約2,347万kWの地熱資源ポテンシャルを持ちながら導入量約0.6GWにとどまる構造を、制度・技術だけでなく、人と人との関係から解き明かす。

電力需要増の時代――地熱を「安定電源」として再評価する

2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画は、2040年度の電源構成で再生可能エネルギーを4〜5割程度、うち地熱を1〜2%程度と見込む。地熱は政府文書でも「安定的なベースロード電源」と位置づけられた。ただし、地熱だけが需給問題を解くわけではない。太陽光は景観・サプライチェーンの中国依存、洋上風力は建設費高騰、原子力は安全審査と地域合意、蓄電池は長時間・季節間の調整コストという課題を抱える。地熱の役割は、これらを代替する「唯一解」ではなく、変動電源を補完する低炭素の安定電源としてポートフォリオを強くすることにある。

洋上風力では、三菱商事主導のコンソーシアムが2025年8月、第1ラウンドで選定された秋田・千葉の3海域から撤退した。供給価格は11.99〜16.49円/kWhだったが、政府の検証では、インフレ、円安、金利上昇、サプライチェーン逼迫などにより建設費が公募時想定の2倍以上に増えたとされる。これは洋上風力そのものの限界ではなく、長期開発案件で物価変動を十分に吸収できなかった入札・収入設計の問題を示した。同様に地熱も、10年以上に及ぶ開発期間のリスクを誰が負担するかを制度として解かなければ、資源量は設備容量に変わらない。

半世紀の開発実績――なぜ導入量は「0.6GW」にとどまるのか

日本初の商用地熱発電所は、1966年に運転を始めた岩手県の松川地熱発電所である。オイルショック後のサンシャイン計画などを背景に、東北・北海道・九州でフラッシュ式の大型案件が整備された。しかし1990年代後半以降、新規大型案件は長く低迷した。2012年のFIT導入後は小規模バイナリーを中心に案件が増え、2019年には山葵沢地熱発電所(約46MW)、2024年には安比地熱発電所(14.9MW)が運転を開始したが、国全体の規模を押し上げるには至っていない。

第7次エネルギー基本計画が示す2040年度の地熱比率は1〜2%程度である。足元の0.3%から見れば大幅な拡大だが、単純に設備容量へ換算して1.5〜3GWと断定するのは適切ではない。将来の総需要や設備利用率に左右されるためで、政府資料や業界試算ではおおむね2〜4GW規模が必要になるとの見方がある。いずれにせよ、現在の約0.6GWとの差は大きい。政府自身も、長いリードタイムを踏まえ、運転開始容量だけでなく、掘削で確認された「地熱資源容量」を政策指標として管理し始めている。

制度の壁――単独規制ではなく「手続きの重なり」が開発を遅らせる

温泉法――全国共通の制度と地域ごとの運用差

地熱開発の調査井・生産井は、温泉法に基づく都道府県知事の掘削許可の対象となる。実務では温泉部会・温泉審議会の開催頻度、既存源泉との離隔距離、地権者同意、必要資料などに地域差がある。確認できた政府資料では、年2回開催の地域で審議時期を逃すと、積雪期やリグ手配との関係から約1年の遅延につながり得るとされる。課題は法律そのものより、自治体ごとの内規・審査実務と、複数坑井を順次進める開発工程との不整合にある。

自然公園法――資源の「8割」と自然保全を両立する

日本国内地熱資源の約8割が国立・国定公園などの自然公園内にあるとされる。環境省は段階的に運用を見直し、景観や自然環境に配慮した「優良事例」では調査・開発の余地を広げてきた。それでも、保護地域の区分、国有林・保安林の手続き、道路・坑井基地・蒸気配管の地表改変が重なるため、実際の案件形成は容易ではない。傾斜掘削は改変面積を抑える有効な手段だが、掘削距離が延びればコストと坑井リスクが増す。規制緩和か保護かの二者択一ではなく、地下開発と地表改変を分けて評価する精緻な審査が必要だ。

環境影響評価――迅速化が進んでも残る長期化リスク

地熱発電所は出力1万kW以上が環境影響評価法の第一種事業、7,500kW以上1万kW未満が第二種事業で、後者は個別判定となる。配慮書、方法書、現地調査、準備書、評価書を経る法定環境影響評価手続きは、従来おおむね3〜4年を要してきたが、前倒し調査などにより約2年を目指す迅速化も進められている。資源調査、地元調整、許認可、建設を合わせれば、構想から運転開始まで10年以上となる地熱発電案件は珍しくない。金利と掘削費が上昇する局面では、時間そのものが事業性を傷める。

地域合意の壁――地熱開発の本丸は「地上の人間関係」にある

地熱案件では、調査結果が良好で、環境基準を満たし、地権者との契約が成立していても、建設地そのもののみならず周辺地域の利害関係者も含めた地域全体の納得が得られなければ、事業が前に進まない。法的な許可と社会的な許可は別物だからだ。行政手続き上の同意者と、地域で実際に発言力を持つ人が一致するとも限らない。温泉組合長が賛成していても、複数の源泉所有者が不安を抱えていれば合意は崩れる。自治体首長が推進していても、集落のキーパーソンが「説明の順番が違う」と感じれば、話し合いの入口にさえ立てない。地熱開発の実務では、契約書に署名する組織図よりも、長年の付き合い、過去の対立、家同士の関係、個人的にそりが合うかどうか、地域行事での役割といった非公式な関係図の方が重要になることがある。

温泉は単なる熱水ではない。旅館の売上、従業員の雇用、観光客の回遊、地域のブランド、共同浴場の維持、祭事や湯治文化までを束ねる生活基盤である。湯量や泉温がわずかに変化しただけでも、地域側は「事業者が撤退した後に誰が責任を取るのか」と考える。地下の挙動には不確実性がある以上、「科学的に影響は考えにくい」という説明だけでは安心につながらない。地域が問うているのは確率ではなく、最悪の事態が起きたときに、誰が現場に残り、誰の判断で止め、誰が補償し、何年にわたって回復を見届けるのかという責任の所在であり、担当者が責任を取り切る人物なのかという人間性である。地熱発電事業者は、高邁な理論に走ることなく、地元キーパーソンとの個人的な信頼関係を築き、「この人なら任せても良い」と地元関係者からの信用を得ることが大切だ。

説明内容より先に、「誰が・どの順番で話すか」を設計する

外部の事業者は、効率を重視して自治体や主要団体に一斉説明し、公開資料を配り、質問に技術的に回答しようとする。しかし地元では、その前段階が決定的に重要だ。最初に相談すべき人を飛ばしていないか。反対しそうな人を会議から外していないか。説明会の開催が新聞報道で先に知られていないか。小さな手順の誤りが、「結論ありき」「水面下で話を進めた」という疑念を生む。いったんこの疑念が定着すると、その後どれほど精密なデータを示しても、資料は説得材料ではなく、事業者が自らを正当化する道具として読まれてしまう。

初期段階では大規模な住民説明会より、少人数で相手の懸念を聞く対話を積み重ねる方が有効だ。議題も発電所の規模や売電収入から始めるべきではない。地域が何を守りたいのか、過去にどのような開発で傷ついたのか、人口減少や後継者不足をどう見ているのかを先に聞く。事業者が提案を話す時間より、地域が自らの歴史を語る時間を長く取れるかが分岐点になる。

信頼を「担当者の顔」から組織の仕組みへ引き継ぐ

地熱開発は10年以上に及ぶ。ところが企業側の担当者は数年で異動し、海外企業の駐在員はさらに短い周期で交代することがある。地域から見れば、ようやく本音を話せるようになった相手が突然いなくなり、新任者が「過去の経緯を確認します」と言うたびに、関係は出発点へ戻る。議事録に残らない会話、冠婚葬祭や地域行事で交わした約束、言葉にはされなかった配慮は、通常の引継書では継承されない。

成功する事業者は、地域担当者を広報要員ではなく、事業中枢の意思決定者として位置づける。現地責任者に一定の予算権限を持たせ、技術・法務・経営陣へ直接アクセスさせる。担当者交代時には後任を数カ月並走させ、地域ごとの約束と未解決事項を公開可能な形式知として残す。

中長期的に事業を成功に導き、再現性のある事業開発を複数地域で積み重ねるためには、担当者の属人的な取り組みに終始したり、信頼を特定個人の善意だけに依存させたりせず、地域合意形成に関する手法を仕組み化し、組織として履行責任を負う体制に変換することが重要だ。

全会一致を待たず、反対意見を意思決定に組み込む

合意形成は、賛成者の数を増やす営業活動ではない。反対者には、事業者が見落としている水利用、騒音、交通、景観、観光ブランドなどの論点を可視化する役割がある。反対意見を「理解不足」と扱い、説明を重ねれば解消すると考えると、地域は分断される。むしろ、反対する温泉事業者や住民をモニタリング委員会に迎え、調査地点、評価指標、第三者専門家の選定、停止基準に関与してもらう方が、長期的な正当性を高めるだろう。

また、「開発に賛成するか」を最初から問うのではなく、文献調査、地表調査、物理探査、調査井、噴気試験、商業開発という段階ごとに、次へ進む条件を共同で定めるべきだろう。観測値が基準を外れた場合は停止・追加調査・撤退のいずれに移るかを事前に合意する。撤退条件まで明文化することは弱気ではない。地域に拒否権があると示すことで、初めて対話の非対称性が小さくなる。

地域便益を「補償金」ではなく地域の未来像から設計する

売電収益の一部を地域へ還元するだけでは、関係は「迷惑料を払う側」と「受け取る側」に固定される。地元が望むのは、必ずしも一律の現金給付ではない。老朽化した配湯管の更新、共同浴場の維持、旅館の事業承継、除雪や交通、教育、診療、農林業の熱利用など、地域ごとに優先順位は異なる。発電事業の便益は、外部企業がメニューを用意するのではなく、地域が描く10年後、20年後の暮らしから逆算して設計する必要がある。

海外企業との協働――必要なのは「翻訳者」ではなく共同経営者

海外の地熱企業は、水平掘削、生産性向上、クローズドループ、デジタル貯留層解析など、日本にない経験を持つ。しかし、技術をそのまま持ち込んでも案件にはならない。日本語資料や許認可の違い以上に大きいのが、意思決定の速度と信頼形成の時間軸のずれである。海外本社は投資委員会に対し、期限、予算、成功確率、撤退条件を明示しなければならない。対して地域との初期対話では、結論を急がず、事業化が未確定な段階でも何年かけて関係を築く姿勢が求められる。この二つの時間軸をつなぐ存在が日本側パートナーである。

大企業の看板だけでは、地域の信頼を得られない

海外企業が日本の大手電力、総合商社、建設会社と組めば安心だと考えるのは早計だ。大企業には資金力、信用力、法務、EPC、電力販売などの強みがある一方、大企業の論理を優先することで地元からの反発を招くこと、担当者の異動による断続的な人間関係、稟議の長さによる意思決定の遅れ、全国一律のコンプライアンス運用、地域ごとの細かな約束を本社が引き受けにくい、などの弱点もある。過去に別事業で地域と摩擦を起こしていれば、知名度がむしろ警戒につながることさえある。地元が見るのは企業規模ではなく、「困ったときに誰が来るのか」「約束を変えないか」「採算が悪化しても話し合いを続けるか」といった観点である。

選ぶべきは、地域の声を「本社の意思決定」に変えられる企業

適切な日本側パートナーには、少なくとも四つの能力が必要になる。第一は、地域で長期に活動し、賛成者だけでなく慎重派とも対話できる関係資本。第二は、温泉・水利・森林・観光など、発電以外の地域課題を理解する現場力。第三は、海外技術の前提条件と限界を日本側へ正確に伝え、地域の懸念を曖昧に丸めず海外本社へ返せる技術翻訳力。第四は、地域との約束を出資契約、事業計画、予算、撤退条項に反映させる経営権限である。単なる紹介者、通訳、許認可代行では足りない。

この条件を一社ですべて満たす必要はない。地域密着の事業者や地域金融機関が関係形成を担い、地熱デベロッパーが地下評価と操業を担い、大企業が資金・EPC・需要家契約を支え、海外企業が固有技術を提供する補完型の連合が現実的である。ただし役割を並べるだけでは機能しない。地域窓口を誰に一本化するか、地元への回答を誰が最終決定するか、追加コストを誰が負担するかを協業契約で明確にしなければ、地域は企業間の事情に振り回される。

技術供与にとどめず、事業リスクを共同で引き受ける

望ましい協働では、海外企業が技術性能だけを保証し、日本企業が地域対応を丸抱えするのでは不十分だ。地下リスク、追加掘削、工程遅延、誘発地震、温泉影響、地域便益の費用を、各社がどこまで共同で負うかを決める必要がある。海外技術者も重要な地域対話には継続参加し、自ら技術の限界を説明する。日本側は地域の懸念を「文化的な抵抗」として処理せず、設計変更や投資判断に反映する。双方が痛みを負う構造になって初めて、地域はこの連合を一つの責任主体として見ることができる。

六つの実装策――制度・地域・市場を一体で動かす

  1. 許認可の工程を束ねる。 既に始まった国・関係省庁・自治体の地熱連絡会を常設化し、案件ごとに温泉法、自然公園法、森林法、環境影響評価の工程表と責任者を一本化する。単なる窓口ではなく、期限管理と論点裁定の機能を持たせる。
  2. 坑井単位から貯留層単位の審査へ移る。複数坑井を一体で評価できる科学的基準を整え、モニタリングと段階許可を組み合わせる。大深度やクローズドループを一律に温泉法の対象外とするのではなく、流体採取の有無と浅層温泉への影響経路に応じて規制を区分する。
  3. 地域合意を「説明業務」から共同統治へ変える。地域基金や熱利用だけでなく、常駐する地域責任者、担当者交代時の引継ぎ、約束を記録するコミットメント台帳、反対者を含む監視委員会、段階ごとの継続・停止・撤退基準を標準化する。自治体・温泉事業者・住民には、データを見る権利だけでなく、第三者専門家の選定と異常時判断に関与する権限を持たせる。
  4. 地質データを国際標準で開く。英語メタデータ、機械可読データ、坑井品質の格付け、守秘情報を扱うデータルームを整備する。地下情報を公共インフラとして扱い、探査の重複と失敗コストを減らす。
  5. 海外企業との協業を「大企業への丸投げ」にしない。日本側パートナーは企業規模ではなく、地域での継続性、慎重派との関係、現場権限、技術翻訳力、過去の約束の履行実績で選ぶ。地域密着企業、地熱デベロッパー、大企業、海外技術企業を補完的に組み合わせ、地域窓口、最終意思決定者、追加費用と撤退責任を契約で一本化する。
  6. 長期開発リスクを分担する市場をつくる。JOGMECの助成金、探査出資、債務保証のみならず、長期PPA、24/7CFEの時間価値を組み合わせる。「日本版CTT」をお題目に終わらせず、需要家が安定脱炭素価値に対価を払える契約・認証・託送の整備を優先すべきだ。

結論――地熱開発の競争力は「関係資本」で決まる

日本の地熱を動かす鍵は、規制緩和や革新的掘削技術だけではない。地下の熱を電気に変える前に、地域の不安、記憶、誇り、将来像を、投資判断と事業設計へ変換しなければならない。そこで蓄積される信頼は、財務諸表に載らないが、掘削権や系統接続と同じほど重要な事業資産である。海外プレーヤーには、この関係資本を単なるローカル対応コストと見なさず、日本側パートナーとともに育てる覚悟が必要だ。日本企業にも、海外技術を紹介する仲介者ではなく、地域の声を本社と海外企業の意思決定へ通す共同経営者としての力量が問われる。大企業だから適任なのではない。最後まで現地に残り、良い知らせも悪い知らせも同じ顔で伝え、地域の未来に責任を持てる企業こそが適任である。2040年の地熱比率1〜2%を実現できるかは、坑井の成功率だけでなく、この人間関係を事業の中心に据えられるかにかかっている。

参考文献

小暮 遼

ジオヴァンガード・エナジー株式会社 代表取締役

東京工業大学(現・東京科学大学)大学院技術経営専攻修了後、青年海外協力隊を経て三井物産株式会社および三菱商事株式会社にて約10年間、国内外(米欧駐在含む)で電力・エネルギー分野の事業開発やインフラ投資に従事。 その他、外資系再生可能エネルギー事業会社、インフラ投資ファンド、地熱開発ベンチャー等の経験を経て、2026年にジオヴァンガード・エナジー株式会社を創業し代表取締役に就任。 現在は地熱エネルギーを含む次世代型技術を用いたプロジェクト開発・事業オーケストレーションを牽引し、パラレルアントレプレナーとして複数の企業経営や専門インテリジェンスプラットフォームの運営を手掛ける。

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