地域共生

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地熱を「地域の権利」から動かすニュージーランド

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マオリとの合意形成が示す、開発ルール再設計の力

地熱開発を止めるのは、地下の温度不足とは限らない。ニュージーランドでは、豊富な地熱資源が電力、観光、産業熱を支える一方、過去の開発が温泉、噴気地、聖地、生活利用を損ない、先住民マオリとの不信を残した。転機となったのは、合意形成を事業者の説明努力だけに委ねず、資源管理の制度、地域計画、土地アクセス、共同所有、継続監視の仕組みに組み込んだことである。ただし、その改革は完成形ではない。現在も地熱資源に対するマオリの権利・利益をめぐる審理が続き、開発加速と先住民の自己決定をどう両立するかが問われている。本稿は、成功物語として単純化せず、何が変わり、何がなお未解決なのかを検証し、日本市場への示唆を探る。

地熱大国の現在地――電源から地域産業へ

ニュージーランドの主要地熱地帯は、北島のタウポ火山帯を中心に広がる。2025年の地熱発電量は9,631GWhで、総発電量44,140GWhの約22%に相当し、同国の再生可能電力比率は88.5%に達した。2026年初頭には新設・増強設備の寄与により、地熱の月間発電比率が25%を超える月も現れた。天候に左右されにくい地熱は、水力の渇水リスクを補う安定電源でもある。

しかし、地熱は発電燃料である前に、マオリにとって祖先、土地、共同体、治癒、調理、入浴、観光、物語と結びついたタオンガ(宝・大切な存在)である。地下の貯留層と地表の泉を切り離せないという世界観では、「環境影響を基準値内に抑えた」だけでは正当性を得られない。誰が利用を決め、利益を受け、将来世代への責任を負うかが、技術審査と同じ重さを持つ。

なぜ合意形成が壁になったのか――開発の便益と損失の非対称

ニュージーランドの初期の大規模開発は、国家主導の電源開発として進んだ。ワイラケイなどは地熱技術の先駆となった反面、過剰採取や還元不足によって間欠泉・温泉の衰退、地盤沈下、河川への排出などを引き起こした。オハアキ周辺では、マオリ側がマラエ、墓地、聖地、入浴・調理に使われた熱水環境への影響を訴えている。発電の利益が全国へ流れる一方、不可逆的な損失は現地に残った。

ここでの対立は、開発賛成か反対かという単純な二項対立ではない。多くのイウィ(部族)やハプー(準部族・氏族集団)は地熱利用そのものを拒まず、雇用、収益、地域産業、文化再生につながる開発を望んできた。問題は、土地所有者として契約に署名できても、地下資源の意味や利用方針を決める主体として扱われないことだった。補償を受ける「影響住民」ではなく、権利と責任を持つ共同意思決定者であるとの要求が、従来型の許認可との間で衝突したのである。

変わったルール――相談から参加、参加から共同経営へ

制度的な転換点は、1991年資源管理法(RMA)を中心とする、影響ベースかつ統合的な資源管理への移行だった。RMAは意思決定においてワイタンギ条約の原則を考慮し、地域政策・計画ではマオリの文化的価値、祖先との結びつき、聖地、タオンガを認識・保護する枠組みを築いた。地方政府にもイウィ・ハプーとの能動的な関与が求められた。

重要なのは、「すべての地熱系を同じルールで扱わない」という地域計画である。地熱資源が集中するワイカト地域では、高温地熱系を保護、研究、限定開発、開発可能などに分類し、守る場所と利用する場所を事前に明確化した。開発可能な地熱系では大規模利用に道を開く一方、脆弱な地表現象や文化的価値を持つ地熱系は保護する。個別案件ごとにゼロから「開発か保全か」を争うのではなく、地域レベルで資源の用途と限界を先に合意する仕組みである。

さらに、許認可は土地利用、流体の採取・利用・排出を対象とし、貯留層全体の挙動、還元、地盤変動、地表現象を継続監視する。マオリの知識体系マータウランガ・マオリを科学的モニタリングと組み合わせる動きも広がった。合意は着工前の一回限りの同意書ではなく、運転期間を通じて更新される管理関係へ変わった。

合意形成を投資に変えた共同所有モデル

制度が対話の入口をつくり、事業モデルが関係を持続させた代表例が、ンガーティ・タフ–ンガーティ・ファオア系のタウハラ・ノース・ナンバー2・トラストと発電事業者マーキュリーの協働である。トラストは土地と地熱資源へのアクセスを管理し、単なる賃料受取人ではなく、資金を調達して発電事業へ出資できる枠組みを選んだ。ロトカワとンガー・アワ・プルアを経て、両者の協働は四半世紀を超え、複数設備・300MW超を共同で管理する関係に発展した。

このモデルの核心は、ロイヤルティー額ではない。第一に、土地側がパートナーを選べること。第二に、持分取得への道があること。第三に、貯留層管理、環境保全、成長投資を共同で判断すること。第四に、雇用、訓練、地域事業へ利益を循環させることである。ンガー・タマリキの増強でも、マナ・フェヌア、土地所有者、事業者が貯留層の持続性と周辺環境管理に関与し、追加の還元井や非凝縮性ガスの地下還元を組み込んだ。

つまり政府が「合意を成立させた」のではない。政府と地方自治体が、先住民の価値を審査事項にし、保護・開発区分と監視責任を明確化し、長期契約と共同出資が成立しやすい予見可能な舞台を整えた。その上で、各イウィ・ハプーと企業が案件ごとの統治を築いたのである。

成功を美化しない――いまも残る権利問題

ニュージーランドを「ルール変更ですべて解決した国」と描くのは正確でない。ワイタンギ審判所では、地熱資源に対するマオリの権利・利益、現行法と条約原則の整合性が審理中である。2025年の政府地熱戦略案は2040年までに地熱利用を倍増する目標を掲げ、地域経済とマオリ経済の強化を打ち出したが、審判所は条約を戦略の指導原則から外した点、イウィ・ハプー固有の機会、カイティアキタンガに基づく監視や環境保護策が不十分だと指摘した。

この緊張は失敗ではなく、制度が合意を固定せず、異議申立てと再設計を可能にしていることの表れでもある。開発を速める制度改正が参加権を狭めれば、短期の許可期間は縮んでも、長期の社会的ライセンスは弱くなる。ニュージーランドの教訓は「先住民との協議を済ませれば開発できる」ではなく、「権利、保護、便益、統治を同時に設計し続ける必要がある」ということだ。

他市場が学べる四つの原則

  • 権利を入口に置き、空間を先に分ける

第一の教訓は、影響を受ける住民を探す前に、資源との歴史的・文化的関係を持つ権利主体を確認することである。土地登記や行政区だけでは捉えられない集団を、探査計画の初期から意思決定へ入れる。同時に、地熱系を保護、研究、限定利用、開発可能に区分し、守るべき場所を案件審査のたびに交渉し直さない。権利確認とゾーニングを先行させることで、地域には保護の確実性が、投資家には立地の予見可能性が生まれる。

  • 合意を段階的な共同管理へ変える

第二の教訓は、同意を署名時点の一回限りの行為にしないことだ。地表調査、掘削、試験、商業運転、増設、閉鎖ごとに判断点を置き、監視結果に応じて条件を更新する。地域知と工学データを同じ管理表に載せ、停止、追加調査、設計変更へ移る基準を共有する。地下の不確実性を消すことはできないが、不確実性への対応方法を共同で決めることはできる。

  • 補償から所有・統治・能力形成へ進む

第三の教訓は、地域便益を補償金だけで終わらせないことである。土地賃料やロイヤルティーに加え、出資選択権、取締役参加、地元調達、技能訓練、熱利用事業を組み合わせる。参加主体が技術、法務、財務を判断できる能力を持たなければ、形式的な議席が増えても実質的な共同統治にはならない。事業収益の一部を地域側の専門家雇用と人材育成へ充てることが、長期関係の基盤になる。

  • 異議申立てを投資リスク管理に組み込む

第四の教訓は、反対意見や異議申立てを許認可の遅延要因とだけ見ないことだ。独立専門家、公開可能なデータ、苦情処理、定期見直しを設ければ、見落としていた水利用、文化的価値、累積影響を早期に発見できる。ただし参加手続きが無期限化しないよう、回答期限、判断主体、再協議の発動条件を定める。参加の実効性と工程の規律を同時に制度化する必要がある。

日本市場への示唆――「地元説明」を共同統治へ変える

日本にはワイタンギ条約と同じ法的枠組みはない。そのため制度を輸入するのではなく、機能を移植する必要がある。最大の示唆は、温泉事業者や地域住民を「反対を解消すべき相手」ではなく、地下資源を共同管理する主体として位置づけることだ。

  • 地熱系単位のゾーニングと地域協定

日本版ゾーニングの目的は、個別案件の許認可を置き換えることではなく、同一貯留層と推定される地熱系について、保全優先、研究、限定開発、開発可能という基本方針を先に共有することである。開発可能区域でも白紙委任とはせず、地域協定に環境管理の原則、見直し条件、関係者の参加権限を定め、案件審査の共通土台とする。

実装では、都道府県が既存源泉、地下温度、断層、水収支、自然・文化資産を地熱系単位で評価し、市町村が土地利用と地域将来像を具体化する。国は温泉法、自然公園法、環境影響評価をまたぐモデル条項と科学的指針を示す。地域協議会はその情報を基に、採取上限、還元、観測、停止、情報公開など案件固有の条件を協定化し、担当者が交代しても履行される仕組みにする。

  • 地域に「データを見る権利」と「止める手続き」を与える

事業者の報告書を配るだけでは不十分だ。源泉所有者、温泉事業者、住民、自治体、独立専門家による監視委員会を基礎調査段階から設け、泉温、湯量、水位、化学組成、微小地震、地盤変動、観光利用を追う。注意、警戒、一時停止の段階、追加観測や採取量削減への移行条件、停止・再開の決定者と費用負担まで事前に定める。

  • 地域持分と選択権を制度商品にする

自治体、地域会社、温泉組合、住民ファンドが、固定賃料、売上連動ロイヤルティー、少数持分、共同事業会社、熱利用事業などから参加形態を選べるようにする。探査段階の地質リスクは公的支援と事業者が担い、資源確認後に地域が持分を取得できる選択権を用意する。増設、事業売却、操業停止、閉鎖計画などの重要事項には地域側の同意要件を置く。

利益配分も発電収益だけで評価すべきではない。蒸気や熱水のカスケード利用による農業、食品加工、木材乾燥、融雪、地域熱供給、観光との組み合わせは、地元企業が参加しやすく、雇用を長期化できる。地域持分の配当、固定収入、雇用、公共サービス、環境回復基金を別々に設計し、発電価格の変動が地域便益を一度に損なわない構造が望ましい。

  • 地域知を証拠にする

湯量、泉温、植生、共同浴場、観光動線などの地域知を正式な審査証拠とする一方、聖地や個人所有源泉などの機微情報は、公開、委員会限定、地域保有に区分する。利用目的や研究成果の帰属も協定化する。さらに調査費で地域側の地質、法務、会計人材を育成し、知識格差を縮める。

  • 探査から閉鎖までの段階合意を標準化する

文献・地表調査、物理探査、調査井、噴気試験、事業性評価、商業開発、増設、閉鎖を別のゲートとし、各段階でデータ、未解決リスク、計画変更、便益、撤退時の原状回復を確認する。地域は未知の大型事業に一括同意せず、事業者は限定調査で不確実性を減らせる。「小さく合意し、データに応じて更新する」工程が中核となる。

結論――合意形成は開発の前工程ではなく、事業そのもの

ニュージーランドが示すのは、地域合意を丁寧に行えばよい、という精神論ではない。資源の意味を誰が定義するか、守る場所と使う場所を誰が決めるか、データを誰が持つか、利益とリスクを誰が分け合うかを、法制度と契約の両方で変える必要があるということだ。合意形成が進んだ案件では、マオリは受動的な受益者から、土地アクセス、環境監視、資本、統治を担う共同事業者へ移った。

日本の地熱開発でも、説明会の回数を増やすだけでは構造は変わらない。地熱系単位のゾーニング、共同監視、停止権を含む段階合意、地域持分、長期の意思決定機関を整えれば、地域保護と開発速度は必ずしも対立しない。予見可能なルールは、地域には実効的な権限を、事業者には投資判断の基盤を与える。

ただし、制度は一度つくれば終わりではない。ニュージーランド自身がいまも条約上の権利と開発戦略を再検討している。最も重要な教訓は、合意を完成品と考えず、変化する地下と地域に合わせて更新できる共同統治として設計することである。

参考文献

  • New Zealand Ministry of Business, Innovation & Employment, “Energy in New Zealand 2026”
    https://www.mbie.govt.nz/building-and-energy/energy-and-natural-resources/energy-statistics-and-modelling/energy-publications-and-technical-papers/energy-in-new-zealand/energy-in-new-zealand-2026(アクセス日:2026年10月7日)
  • Electricity Authority, “The growing role of geothermal in New Zealand’s electricity mix”
    https://www.ea.govt.nz/news/eye-on-electricity/the-growing-role-of-geothermal-in-new-zealands-electricity-mix/(アクセス日:2026年10月7日)
  • Waikato Regional Council, “Geothermal” and “Waikato Regional Policy Statement”
    https://www.waikatoregion.govt.nz/environment/geothermal/(アクセス日:2026年10月7日)
  • Waitangi Tribunal, “National Freshwater and Geothermal Resources Inquiry (Wai 2358)”
    https://www.waitangitribunal.govt.nz/en/inquiries/kaupapa-inquiries/freshwater(アクセス日:2026年10月7日)
  • Waitangi Tribunal, “The Interim Report on the Crown’s Draft Geothermal Strategy”
    https://www.waitangitribunal.govt.nz/mi/news/tribunal-releases-interim-report-on-draft-geothermal-strategy(アクセス日:2026年10月7日)
  • Tauhara North No.2 Trust, “The Ngā Awa Pūrua Geothermal Project, Rotokawa, New Zealand”
    https://media.business-humanrights.org/media/documents/Tauhara_North_No2_Trust_paper.pdf(アクセス日:2026年10月7日)
  • Ngāti Tahu–Ngāti Whāoa Collective, “Submission on the Draft Geothermal Strategy”
    https://www.mbie.govt.nz/dmsdocument/32131-ngati-tahu-ngati-whaoa-collective-draft-geothermal-strategy-submission(アクセス日:2026年10月7日)
  • Mercury NZ, “Ngā Tamariki Expansion Opens”
    https://www.mercury.co.nz/investors/news/2026-mar—nga-tamariki-expansion-opens(アクセス日:2026年10月7日)

小暮 遼

ジオヴァンガード・エナジー株式会社 代表取締役

東京工業大学(現・東京科学大学)大学院技術経営専攻修了後、青年海外協力隊を経て三井物産株式会社および三菱商事株式会社にて約10年間、国内外(米欧駐在含む)で電力・エネルギー分野の事業開発やインフラ投資に従事。 その他、外資系再生可能エネルギー事業会社、インフラ投資ファンド、地熱開発ベンチャー等の経験を経て、2026年にジオヴァンガード・エナジー株式会社を創業し代表取締役に就任。 現在は地熱エネルギーを含む次世代型技術を用いたプロジェクト開発・事業オーケストレーションを牽引し、パラレルアントレプレナーとして複数の企業経営や専門インテリジェンスプラットフォームの運営を手掛ける。

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